英語では、alternate history の他に alternative history という呼称もある[2]。フランス語では、歴史改変を uchronie と呼ぶ。これは、ユートピア(ありえない場所)などと同じ u- とギリシア語で時間を表す chronos を組み合わせて造られた単語である。したがって、uchronie とは「ありえない時」を意味する。他にも "allohistory"(他の歴史)という呼び方もある[3]。
歴史改変SFの歴史
SF以前の作品
史上最も古い歴史改変の作品の1つとして、ティトゥス・リウィウスの『ローマ建国史』の Book IX, sections 17–19 がある。そこでリウィウスはアレクサンドロス大王が東ではなく西に帝国を拡張しようとした紀元前4世紀の世界を深く論じている。リウィウスは「アレクサンドロスとの戦争に突入していたら、ローマはどうなっていただろうか?」と問題提起している[4][5][6]。
ユートピア(utopie/a)をもじったユークロニア(uchronie/a)という言葉が登場するが、これはフランスの哲学者シャルル・ルヌーヴィエの『ユークロニー---歴史の中のユートピア』(1857年)から取られた言葉で、この本も「自らの理念である共和制やヨーロッパ連合が実現しなかった無念の思い」を込めたもの。歴史改変の最初期の作品のひとつとして、フランスのルイ・ジョフロワ(英語版)の Histoire de la Monarchie universelle: Napoléon et la conquête du monde (1812-1832) がある。これはナポレオン・ボナパルトが1812年ロシア戦役に勝利した世界で、1814年にはイングランドを侵略し、最終的に全世界を征服するまでを描いている[5]。
英語での最初の歴史改変の長編小説は Castello Holford の Aristopica(1895年)である。Louis Geoffroy の Napoléon et la conquête du monde, 1812–1823 ほど国粋主義的ではないが、Astropica はバージニアの初期の植民者が金の高純度の鉱脈を発見し、北アメリカにユートピア的社会を築く話である。
20世紀前半: パルプ雑誌の時代
19世紀末から20世紀初期には、いくつかの歴史改変小説が登場している(例えば、第3代準男爵サー・チャールズ・ペトリ(英語版)の1926年のIf: A Jacobite Fantasy)[7]。1931年、イギリスの歴史家サー・ジョン・スクワイア(Sir John Squire)は当時の有名な歴史家のエッセイを集めたアンソロジーIf It Had Happened Otherwise を編んだ。この中で、それぞれの歴史研究者が例えば「もしスペインでムーア人が勝っていたら」とか「もしルイ16世がもう少し毅然としていたら」といった問題に答えている。非常に真面目な論文もあれば、ヘンドリック・ウィレム・ファン・ローン(Hendrik Willem van Loon)のようにマンハッタンがオランダ人の都市国家として独立した世界の空想にふけっているものまで様々である。他の著者としては、Hilaire Belloc、アンドレ・モーロワ、ウィンストン・チャーチルなどがいた。
H・G・ウェルズのパラレルワールド/多元宇宙(上述)からの派生としては、ディ・キャンプの1940年の短編 "The Wheels of If"(「アンノウン」誌、1940年10月)がある。この中で主人公は元の世界から次々と別の世界に移っていき、徐々に元の世界とはかけ離れた世界へと進んでいく。このサブジャンルは、歴史上の事件の結果が違っていたらという準学究的な観点を持ち込まずに別の世界を創造する目的で早くから使われた。フレドリック・ブラウンの『発狂した宇宙』(1949年)は、SF雑誌やその若い読者への風刺としてこの設定を使ったものである。クリフォード・D・シマックの Ring Around the Sun(1953年)では、主人公は人類がいないパラレルワールドの地球に到達し、そこにミュータントの一団の植民地を発見する。これは、マッカーシズムと冷戦への作者の懸念を表した作品である。
並行時間テーマで警察が出てこない場合もある。ポール・アンダースンは、時空の狭間にある Old Phoenix という居酒屋を創造した。その居酒屋には、アンダースンの様々な作品の登場人物がやってくる。この場合、歴史の共通部分やそれぞれの分岐点は不明確であり、作者がそれについて十分な情報を提供することはない。
並行時間スリラーは後年になって量子力学のエヴェレットの多世界解釈(1957年)で世界の差異を説明することが多くなった。ある作者は世界の分岐は人間の自由意志と意思決定によるとし、別の作者はカオス理論のバタフライ効果を援用して原子などのランダムな差異が増幅されてマクロ的な発散となって歴史の差異が生じるとした。どちらにしてもSF作家は一般に特定の歴史上の出来事から発散が生じるとすることが多い(この時点を POD、Point of Divergence と呼ぶ)。エヴェレット以前、SF作家が並行時間旅行を説明する際には、ピョートル・ウスペンスキーの思想や高次元を持ち出していた。
歴史改変がパラレルワールドで説明される一方で、多世界理論は無限に連なる並行世界へと発展していく。量子力学では、あらゆる量子事象で世界が分岐するとされ、作家が人間の意思決定が分岐を生むと設定したとしても、あらゆる意思決定で異なる時間線に分岐を生じることになる。作家の考えた空想上のパラレルワールドでは想像の範囲外の選択は考慮しないことがある。テリー・プラチェットの Night Watch では、主人公に対して、起きうることは全て起きたが、主人公が妻を殺した世界だけは存在しないと告げる人物が登場する。あらゆる選択肢について世界が分岐するとしたら、主人公は単に幸運な分岐を選んで描かれているだけということになり、勇敢さも知恵も意味が無くなる。この考え方を採用した作家もいるが、ラリー・ニーヴンの「時は分かれて果てもなく」では、そのような無限の分岐が現実となっている世界で自殺や殺人が横行する様を描いている。
並行時間における世界戦争(並行時間帝国同士の戦争)というコンセプトは、フリッツ・ライバーがヒューゴー賞を受賞した『ビッグ・タイム』(1958年)から始まるシリーズ(Change War)から発展した。その後1970年代には Richard C. Meredith の Timeliner 三部作、1980年代には マイクル・マッコーラムの『時空監視官出動!』、1990年代には John Barnes の Timeline Wars 三部作が登場した。
ダレン・シャンのダレン・シャンシリーズでは、12巻目でこのテーマについて言及している。すなわち、時を遡ってアドルフ・ヒトラーを殺害したとしても、別の誰かがその役を果たすとし、歴史は変えられないと主張する。同様の主張はドイツ人作家 Carl Amery の Das Königsprojekt (The Royal Project)にもある[11]。
1990年代末ごろからハリイ・タートルダヴが「歴史改変SFのマスター」と呼ばれるようになった[12]。南北戦争でアメリカ連合国が勝利した世界を描いたシリーズと、第二次世界大戦中に異星人が地球を侵略する世界を描いたシリーズがある。他にも A Different Flesh では氷河期にアジアからアメリカ大陸に人間が移住して来なかった世界を描いている。In the Presence of Mine Enemies では、第二次世界大戦にナチス・ドイツが勝利した世界を描き、Ruled Britannia では、スペインの無敵艦隊がエリザベス朝のイギリスに勝ち、ウィリアム・シェイクスピアが征服者であるスペイン人に対してイギリス人を立ち上がらせるような芝居を書く仕事を引き受ける。また、俳優のリチャード・ドレイファスとの共著 The Two Georges では、ジョージ・ワシントンとジョージ3世が協定を結び、アメリカが独立しなかった世界を描いている。また、日本が真珠湾攻撃をしただけでなく、ハワイ諸島を占領した世界を描いた作品もある。2005年には、北アメリカの東海岸部分が独立した大陸となって大西洋にある世界を描いた短編小説を2編書いており、同じ設定の長編 Opening Atlantis はシリーズ化される予定である。
おそらく最も頻繁に持ち出される歴史改変SFのテーマは、ナチスが第二次世界大戦に勝利した設定であろう。中にはナチスが全世界を征服した設定の小説もあるし、アメリカだけが対抗している世界を描いた小説もある。ロバート・ハリスの『ファーザーランド』(1992年)は、ナチスがヨーロッパを征服した世界を描いており、その描写は評価が高い。未来からのタイムトラベルやパラレルワールドからの旅行をきっかけとして世界が分岐するという設定を扱った作品もある(ジェイムズ・P・ホーガンの『プロテウス・オペレーション』(1986年)、マイクル・P・キュービー=マクダウエルの『悪夢の並行世界』(1988年)[13] など)。ノーマン・スピンラッドの『鉄の夢』(1972年)は、アドルフ・ヒトラーが1920年代にヨーロッパから北アメリカに逃亡した後に書いたSF小説という体裁をとっている。下院議長を務めたこともあるニュート・ギングリッチは William R. Forstchen と小説 1945 を共同執筆した。これは、アメリカが第二次世界大戦で日本には勝ったがドイツを敗北させられなかった世界を描いている。結果としてアメリカとドイツの間で冷戦が続いている世界である。彼らは続編を書くことを約束したが果たしていない。代わりに南北戦争に関する三部作を書いている。第一部の Gettysburg: A Novel of the Civil War はゲティスバーグの戦いで南軍が勝つ話である。南北戦争とナチスの双方を取り上げたシリーズにはジャック・ウォマックの6部作があり、南北戦争が起こらず、アメリカはナチスと和平を結び、ユダヤ人と同様の迫害をアメリカの黒人が受ける世界が描かれている。
L. Neil Smith が1981年に書き始めたシリーズ(1作目は The Probability Broach)は、18世紀後半のウィスキー税反乱でアメリカ連邦政府が崩壊し、リバタリアニズム的ユートピアが出現した世界を描いている。
タイムトラベルと歴史改変を組み合わせたものでは、あるコミュニティ全体が過去に行って、新たな時間線を生み出すという設定が増えている。過去に行く設定としては、自然現象によるもの、異星人の進んだ技術によるもの、人類の行った実験が失敗した結果などがある。S・M・スターリングの Island in the Sea of Time 三部作は、現代のナンタケット島が住民ごと青銅器時代にタイムスリップする話である。Eric Flint の 1632 シリーズは、ウェストバージニア州小さな町が17世紀のヨーロッパにタイムスリップし、ハプスブルク家に対抗するという話である。John Birmingham の Axis of Time 三部作は、アメリカ海軍のタスクフォースが2021年から1942年に送り込まれ、連合軍を助ける話である。
1953年、NBCラジオは Stroke of Fate という番組を放送した。これは、歴史上の重大な出来事について、史実とは異なる結果となる可能性をドラマ仕立てで展開し、歴史家がそれを解説するというものだった。例えば、南北戦争の結果が違っていたら、アレクサンドロス大王が長生きしていたら、ジェームズ・ウルフが長生きしていたら、ユリウス・カエサルが暗殺されなかったら、アーロン・バーの決闘が逆の結果だったら、などのエピソードがあった。
映画
歴史改変を扱った映画もいくつかある。ケヴィン・ブラウンローの It Happened Here(1966年)は、ナチスに占領されたイギリスを描いた作品である。HBOのテレビ映画 『ファーザーランド』(1994年)は、第二次世界大戦でドイツが勝利し、イギリスまで占領されている1960年代の世界を描いている。韓国映画の『ロスト・メモリーズ』(2002年)は、伊藤博文が安重根に暗殺されなかった世界を描いている。Timequest(2002年)は、タイムトラベラーがジョン・F・ケネディ暗殺を阻止し、歴史を変えてしまう話である。C.S.A.: The Confederate States of America(2004年)は、イギリス制作のドキュメンタリーという形式で、南北戦争に南軍が勝った世界を風刺的に描いている。日本映画では、1979年の『戦国自衛隊』、2007年の『バブルへGO!! タイムマシンはドラム式』がある。
歴史改変がテーマではない番組でも、歴史改変のコンセプトを使う場合がある。時空警察と同様のことにスタートレックでも何度か使っている。『宇宙大作戦』(TOS)の「危険な過去への旅」、『まんが宇宙大作戦』の「タイム・トラベルの驚異」、『新スタートレック』の「亡霊戦艦エンタープライズ'C'」などがある。映画版第8作の『スタートレック ファーストコンタクト』では歴史改変を防ぐことが主題となっている。また、「イオン嵐の恐怖」(TOS)に出てくる世界は単なるパラレルワールドだったが、その後のスピンオフシリーズ(『スタートレック:ディープ・スペース・ナイン』、『スタートレック:エンタープライズ』)のエピソードにも平和的な惑星連邦とは全く性質の異なる暴虐的な地球帝国(テラン帝国)が成立している鏡像宇宙という設定で登場し、歴史改変SF的要素が加わっていった。イギリスのテレビ番組『ドクター・フー』にも歴史改変SF的なエピソードがある。シーズン1からシーズン2にかけてのヒロインであるローズ・タイラーの父ピート・タイラーが車にひかれ死亡する際、改変前の時空では犯人は逃走してピートは一人で息絶えるが、改変後は事故に遭った場所が変化して犯人も逃走せず、死に際には娘のローズが彼の手を握り続けていた。さらにシーズン2では、彼が死亡せず大富豪になった並行世界が描かれている。この世界はシーズン2最終回あたりでも登場している。シーズン4の11話 Turn Left では、このシーズンのヒロインであるドナ・ノーブルが実際とは異なる選択をしたためにドクターが死亡した世界が登場する。『ファミリー・ガイ』のあるエピソードでは、過去にタイムトラベルして歴史を変えてしまう話がある。『トワイライト・ゾーン』のエピソード "The Parallel" では、宇宙飛行士が全く違う歴史のパラレルワールドに行く。
『World in Conflict』は、ソビエト連邦が崩壊し始めていた1989年、ワルシャワ条約機構が西側へ侵攻を開始するという設定である。2008年2月にリリースされた『Turning Point: Fall of Liberty』では、それまでとは異なり、ウィンストン・チャーチルが1931年に死亡し、第二次世界大戦に枢軸国が勝利した設定である。War Front: Turning Point も別の設定で、ヒトラーが早めに死亡し、ナチスの指揮系統が効率化されたためにアシカ作戦が成功し、イギリスが占領される。
『Hearts of Iron IV』では歴史改変系NFが多く存在している。中には現実的な展開(皇道派によるクーデター・スターリンへの反乱)もあるが、大半は非現実的なもの(マプチェ族の国・ポルトガル王国の復興・ローマ帝国の復活)である。また本ゲームのMODにも歴史改変系は多い。(カイザーライヒ・ザニューオーダー)
歴史改変SFと古びてしまった未来史の根本的違いは、作者が真の歴史がどうなっているかを知った上で書いているか否かである。後者は、作者が完全に想像して書いている。例えばH・G・ウェルズの『世界はこうなる』(『来るべき世界』、『地球国家2106年』) "The Shape of Things to Come" (1933年)は、ドイツがヴェルサイユ条約に縛られ、アドルフ・ヒトラーが台頭してきたころに書かれた。その中では、ポーランドとドイツが10年間戦い、明確な決着がつかないとされている。同じ話を現代の作家が書くなら、既にドイツ国防軍がポーランドを迅速に圧倒した事実を知っているので、なぜポーランドがそれほど強いのかを詳しく説明しなければ読者を納得させられないだろう。
歴史改変SFと若干似たジャンルとして英語で invasion literature と呼ばれるジャンルがある(直訳すると「侵略文学」)。これは、大衆が不安に感じている近未来の悪い予測に基づいた小説などを指す(ヴィタ・サックヴィル=ウェストはこれを "cautionary tale" と呼んだ)。例えば、1870年代ごろから、イギリスではドイツやフランスが侵略してくるという話が多数書かれた。世界恐慌の際には、シンクレア・ルイスがファシストがアメリカ合衆国を乗っ取るという It Can't Happen Here(1935年)を書いた。第二次世界大戦初期に Sackville-West が書いた Grand Canyon(1942年)は、ドイツが国防の備えのないアメリカ本土を急襲する話である。これらの小説はごく近い未来を描いているため、古くなった未来史と同じように、後世の人が読むと歴史改変SFのように読める。
^Brave New Words: The Oxford Dictionary of Science Fiction(Oxford University Press, 2007) によれば、"Alternate Hitory" の方がふさわしく、しかも古いとされている。"Alternate History" は1954年の造語で、"Alternative History" は1977年に初めて使われた。pp.4-5
^Allohistory Michael Quinion, World Wide Words. 2002-05-04.
^ abDozois, Gardner; Stanley Schmidt (1998年). Roads Not Taken: Tales of Alternate History. New York: Del Rey. pp. 1–5. ISBN0345421949
^Harry Turtledove, Martin H. Greenberg: "The Best Alternative History Stories of the 20th Century", Ballantine Publishing Group 2001, 978-0345439901, Introduction
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