番組開始時はニッポン放送の深夜レーベルであるLF+R内の番組だったため、タイトル表記は『福山雅治のallnightnippon Saturday Special 魂のラジオ』だったが、LF+Rレーベルの終了に伴い、2003年4月より英字表記の部分がカナ表記に改められた。また開始当初はスポンサーの意向や前番組『ドリアン助川の正義のラジオ!ジャンベルジャン!』の流れを汲み、福山とリスナーとの電話でのやりとりをメインとした内容だった。また、過去に『オールナイトニッポン』を担当していた福山本人の意向でニッポン放送の深夜帯の番組で放送することから「オールナイトニッポン」の名称を使用することになった。
2011年4月9日13:00 - 10日13:00に「東日本大震災被災地復興支援 ニッポン放送ラジオ・チャリティー・ミュージックソン スペシャル 『I'm with U キミと、24時間ラジオ』」を放送。同番組内では『魂のラジオ ラジオ・チャリティー・ミュージックソンSP』として放送、地下スタジオからツアーメンバーと共にアンプラグドライブを行なった。また、現地に派遣したアナウンサーを通じて被災地のリスナーと直接電話で交流した。それ以来、その時知り合ったリスナーたちとほぼ毎週電話を繋いだり報告メールを読んだりしており、リアルタイムで変化する必要物資を聞き出して随時送り届けるなど、長期的な支援を行なっている。
季節もの・一発コーナー
2008年2月9日、福山によるギター講座「MASHA's Guitar Camp」(ビリーズブートキャンプのパロディ)が開始され、番組内ユニットSOH+(ソウプラス。福山プロデュース、KOH+のパロディ)結成。荘口がボーカル、福山がコーラスとギター担当。以降、荘口の生歌付で、ラジオなのに福山がギターコードを教えている。徐々にやらなくなっていったが、荘口の不惑の40歳の誕生日記念として約3ヶ月ぶりに復活し、ユニットのテーマソングである「Stand by Me」を披露した。
番組500回記念の夜には再び復活し、多忙な福山を象徴するとしてビートルズの「A Hard Day's Night」を披露した。しかし放送直前まで数々の打ち合わせに追われていた福山は本番1分前に唐突に練習を開始し、結果、オープニングをかっこよく演奏で始めることができなかった。
2010年8月、マイケル・ジャクソンの「シー・ドライヴス・ミー・ワイルド」の一部が「福山雅治」と言っているように聞こえるというメールがあり、盛り上がったため、福山や荘口、その他芸能人などの人名に聞こえる所謂「空耳アワー」を募集したところ、コーナー化した。ただし福山の厳しい審査をクリアできるクオリティーのものは少ない。福山のお気に入りは「廃墟の街/ボブ・ディラン」(我輩は宅麻伸、と聞こえる)や「C U WHEN GET THERE/Coolio」(荘口、変なパー、と聞こえる)など多数。
2007年11月から2008年10月まで江崎グリコが冠スポンサーになり、ニッポン放送での正式タイトルは「オトナノグリコ precious time 福山雅治の-」となっていた。これは福山がグリコの「アーモンドプレミオ」のCMに出演していたためと思われる。なお、ホームページ上では冠タイトルが「オトナノグリコ-」となっていたが、放送では「オトナグリコ-」とアナウンスされた。ちなみに、グリコのテレビCMも同じく、テロップに「オトナノグリコ」となっているが、ナレーションは「オトナグリコ」となっている。