みなみのうお座 ( みなみのうおざ、ラテン語 : Piscis Austrinus ) は、現代の88星座 の1つで、プトレマイオスの48星座 の1つ[ 6] 。その名のとおり魚 がモチーフとされる[ 1] 。全天21個の1等星の1つとされるα星のフォーマルハウト 以外は全て4等星以下で、目立つ星雲・星団もない。
主な天体
恒星
2023年 8月現在、国際天文学連合 (IAU) によって2個の恒星に固有名が認証されている[ 7] 。
このほか、以下の恒星が知られている。
ε星:太陽系から約551 光年の距離にある、見かけの明るさ4.177 等、スペクトル型B7III の青色巨星で、4等星[ 21] 。みなみのうお座で2番目に明るく見える。スペクトル中に顕著な水素の輝線が見られる「Be星 」に分類されている[ 21] 。
HD 217987 :太陽系から約10.72光年 の距離にある、見かけの明るさ7.39 等、スペクトル型M2Vの赤色矮星 [ 22] 。18世紀 フランス の天文学者ニコラ=ルイ・ド・ラカイユ が1751年から1752年にかけて喜望峰 で残した観測記録を元にイギリスで作られた星表に記録があったことから「ラカイユ9352 (Lacaille9352)」の名で呼ばれることもある[ 22] 。2020年に2つの太陽系外惑星が発見されている[ 23] 。
星団・星雲・銀河
いわゆる「メシエ天体 」は1つもない[ 24] 。また、パトリック・ムーア (英語版 ) がアマチュア天文家の観測対象に相応しい星団・星雲・銀河を選んだ「コールドウェルカタログ 」に選ばれた天体もない[ 25] 。
由来と歴史
ゲラルドゥス・メルカトル が1551年 に製作した天球儀 に描かれた Piscis Meridionalis(みなみのうお座)。
みなみのうお座は、古代バビロニア に起源を持つと考えられている[ 26] 。古代バビロニアで、現在のみずがめ座 の原型となったとされる「偉大なるもの」を意味する名を持つ「グラ (Gula)」の抱えた壺から流れる水に繋がる形で描かれた魚が、みなみのうお座の原型とされる[ 26] 。この「壺から流れる水に繋がる魚」の意匠は地中海沿岸にも伝わり、紀元前3世紀 後半の古代ギリシャ の天文学者エラトステネース の著書『カタステリスモイ (古希 : Καταστερισμοί )』や紀元前1世紀 の古代ローマ の著作家ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌス の『天文詩 (Poeticon Astronomicon)』でも、みなみのうお座はみずがめ座が注ぐ水を飲み込んでいるとされた[ 6] [ 27] 。エラトステネース、ヒュギーヌス、ヒッパルコス 、クラウディオス・プトレマイオス らは、いずれもこの星座には12個の星があるとしている[ 27] 。
この星座に対する名称は一貫して「南の魚」を意味するものが付けられているが、その表現は記述する人によって様々であった。2世紀 にアレクサンドリア で活動した天文学者クラウディオス・プトレマイオス は、天文書『ヘー・メガレー・スュンタクスィス・テース・アストロノミアース (古希 : ἡ Μεγάλη Σύνταξις τῆς Ἀστρονομίας )』、いわゆる『アルマゲスト 』の中で、この魚の星座に「南の魚」を意味する Ἰχθύς Νότιος (Ichthys Notios) という名称を付けた[ 6] 。16世紀 ネーデルラントの地図製作者ゲラルドゥス・メルカトル が1551年 に製作した天球儀 には、ラテン語 で Piscis Meridionalis と記載されている。17世紀 ドイツ の法律家 ヨハン・バイエル やポーランド の天文学者ヨハネス・ヘヴェリウス 、19世紀 ドイツの天文学者ヨハン・ボーデ は Piscis Notius という表現を使った[ 6] 。現在は、17世紀イギリスのジョン・フラムスティードが使った Piscis Austrinus が学名として採用されている[ 6] 。
プトレマイオスが設けた Ἰχθύς Νότιος には、現在のつる座γ星 も含まれており、魚の尾の部分を成す南端の星とされていた[ 6] [ 28] [ 29] 。つる座γ星にアラビア語 で「尾」を意味する言葉に由来する「アルダナブ [ 11] (Aldhanab)[ 7] 」という固有名が付けられているのは、その名残である[ 30] 。この星は、バイエルが編纂した『ウラノメトリア』ではつる座の頭の部分を成す星とされ、ギリシア文字のγが付された。また、魚の姿を形作る星とは別にみなみのうお座に組み入れられていた6つの星は、18世紀半ばにニコラ=ルイ・ド・ラカイユ が考案したけんびきょう座 の星とされた[ 31] 。
1922年 5月にローマ で開催されたIAUの設立総会で現行の88星座が定められた際にそのうちの1つとして選定され、星座名は Piscis Austrinus 、略称は PsA と正式に定められた[ 32] 。
中国
ドイツ人宣教師イグナーツ・ケーグラー (英語版 ) (戴進賢)らが編纂し、清朝 乾隆帝 治世の1752年 に完成・奏進された星表『欽定儀象考成』では、みなみのうお座の星は、二十八宿の北方玄武 七宿の第四宿「虚宿 」・第五宿「危宿 」・第六宿「室宿 」に亘って配されていたとされる。虚宿では、5番星が女性の打掛 を表す星官 「離瑜」に、γ・19 の2星が使い古された臼を表す「敗臼」に充てられた。危宿では、13・θ・ι・μ・τの5星が天界で使われる貨幣を表す星官「天銭」に充てられた。室宿では、λ・ε・HD 212448・ε・21・20 の6星が天帝の親衛軍を表す星官「羽林軍」に、δ が天と地を繋ぐ綱を表す星官「天綱」に、α が宮城を守る天の北門を表す星官「北落師門」に、それぞれ充てられた。
神話
エラトステネースは、クニドスのクテーシアス の伝える話として、シリア の豊穣の女神デルケトー(Derketō, アタルガティス (英語版 ) のギリシャ名)が、シリア北部のユーフラテス川 近くの街ヒエラポリス・バンビュケ (Hierapolis Bambyce) にある湖に落ちた際に大きな魚に助けられた、という話を伝えている[ 6] 。またエラトステネースは、うお座 の2匹の魚の親であるとした[ 6] [ 27] 。このデルケトーが魚に助けられる伝承のほかに、みなみのうお座に関する伝承は特に伝わっていない[ 6] [ 27] 。
呼称と方言
世界で共通して使用されるラテン語の学名は Piscis Austrinus、日本語の学術用語としては「みなみのうお 」と定められている。
日本では、1874年 (明治7年)に文部省 より出版された関藤成緒 の天文書『星学捷径』で「南方ノ魚 」という名前で紹介されている[ 35] 。1910年 (明治43年)2月刊行の日本天文学会 の会報『天文月報』第2巻11号に掲載された「星座名」という記事では「南魚 」とされていた[ 36] [ 注 1] 。この訳名は、1925年 (大正14年)に初版が刊行された『理科年表 』にも「南魚(みなみのうを) 」として引き継がれた[ 37] 。戦後の1952年 (昭和27年)7月に日本天文学会が「星座名はひらがなまたはカタカナで表記する」とした際に、Piscis Austrinus の日本語名は「みなみのうお 」と定められた[ 39] 。これ以降は「みなみのうお」という表記が継続して用いられている。
現代の中国では、南魚座 (南魚座[ 41] )と呼ばれている。
方言
α星フォーマルハウトに対して、静岡県 駿東郡 小泉村 佐野(現・裾野市 )に「ヒトツボッサン (一つ星さん)」、山形県 酒田市 飛島 に「キョクボシ (極星)」、静岡県焼津市 に「フナボシ (船星)」、岩手県 九戸郡 洋野町 に「アキボシ (秋星)」、京都府 竹野郡 間人町 (現・京丹後市 丹後町間人)に「ヤバタホシ (矢畑星)」、静岡県静岡市 清沢地区に「サスボシ (不明)」、新潟県 佐渡郡 相川町 姫津(現・佐渡市 )に「ワボシ (和星)」などの和名が伝わっている[ 42] 。
脚注
注釈
^ ただし学名は Pisces Australis とされていた。Pisces はラテン語で「魚」を意味する名詞の複数形であるため、1匹の魚のみがデザインされてきたみなみのうお座に対してこの表現を用いるのは正しくない。
出典
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参考文献
ウィキメディア・コモンズには、
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