「アイム・ダウン 」(I'm Down )は、ビートルズ の楽曲である。1965年7月にシングル盤『ヘルプ! 』のB面曲として発売された。レノン=マッカートニー 名義となっているが、ポール・マッカートニー によって書かれた楽曲。本作はビートルズが定期的にカバーしている「ロング・トール・サリー 」でのリトル・リチャード の様式を用いた楽曲を書くというマッカートニーの試みが契機となっている。メロディーは簡潔であり、3つの基本的なコードのみで構成されている。
ビートルズは、アルバム『ヘルプ! 』のセッション中である1965年6月に、「アイム・ダウン」の録音を行なった。ジョン・レノン は本作で初めて電子オルガン (VOX Contrinental を使用し、ジェリー・リー・ルイス が多用したグリッサンド を演奏している。発売から10年に渡ってアルバム未収録の状態が続いていたが、解散後に発売された『ロックン・ロール・ミュージック 』、『レアリティーズ 』、『パスト・マスターズ Vol.1 』、『モノ・マスターズ 』などのコンピレーション・アルバムに収録された。
「アイム・ダウン」は、多数の音楽評論家や音楽学者から肯定的な評価を得ている。ビートルズは、1965年と1966年に行なったツアーで本作をラスト・ナンバーとして演奏している(ドキュメンタリー『THE BEATLES/シェアスタジアム 』には1965年8月の演奏が含まれている)。発売後、ビースティ・ボーイズ やエアロスミス など多数のアーティストによってカバーされている。
背景・曲の構成
僕はリトル・リチャードのような歌い方ができた。ワイルドかつハスキーなシャウトで、それは肉体から抜け出すようなものだ。それを歌うには精神的な感覚はそのままに、足を頭の上を乗せるくらいじゃなきゃだめだった。多くの人がリトル・リチャードのファンだったから、僕は彼の曲を歌っていた。だけど自分の曲が歌いたいと思うようになったから、僕は『アイム・ダウン』を書いたんだ。
― ポール・マッカートニー (1997年)
1963年11月、マッカートニーは、ロンドン中心部のウィンポール・ストリート57番地にある交際相手のジェーン・アッシャー の実家に引っ越した。マッカートニーは、アッシャーの実家の地下にある音楽室で「アイム・ダウン」を書いたと記憶している。リトル・リチャード の様式で書かれた本作は、「ツイスト・アンド・シャウト 」や「ロング・トール・サリー 」に代わる公演のラスト・ナンバーを書くという試みが契機となっている。1964年10月の取材で、マッカートニーはレノンとともに何年もの間「ロング・トール・サリー」のような楽曲を作ろうとしていたこと、それに最も近かった楽曲が「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア 」であったことを明かしている。マッカートニーは、リチャードのような楽曲の作曲手法を、抽象絵画 と比較したうえで、「人々は『ロング・トール・サリー』を思い浮かべて、簡単に書けると言う。だけど、それは僕らが試みた中で最も難しいことだった。スリーコードの曲をうまく書くのは、たやすいことじゃない」と説明している。マッカートニーは、伝記『Paul McCartney: Many Years from Now 』の中で、自身が作曲したと記憶している一方で、レノンがいくつか歌詞を書き加えたか、作曲過程でわずかに案を出した可能性を示している。1972年の取材で、レノンは本作をマッカートニーが単独で作曲した楽曲としているが、1980年の『プレイボーイ 』誌の取材では、「僕も少し手伝ったかも」と語っている。音楽学者のウォルター・エヴェレット (英語版 ) は、マッカートニーが公演でしばしば歌詞を忘れていたことは、マッカートニーが殆ど練習せずに曲を書いたことを示唆していると主張している。
「アイム・ダウン」のキーはGメジャー に設定されており、4分の4拍子(コモン・タイム)で演奏される。ブルース形式 を14小節に拡張させた本作では、I、IV、Vの3つのコードだけが使用されている。単純ヴァース形式 を特徴とする数少ないビートルズの楽曲の1つで、音楽学者のアラン・W・ポラック (英語版 ) は、ビートルズの1965年の作曲状況において、本作のシンプルな形式は逆進的であると述べている。曲はマッカートニーの独唱 から始まり、音楽評論家のティム・ライリー (英語版 ) は「ロング・トール・サリー」に最も似ている曲の1つとし、「1人の狂ったようなボーカルが精一杯大きな声で叫んでいる」という見解を示している。キーやダウンビート を明確にするベース やドラム は入っておらず、ポラックは「曲を何度聴いても、マッカートニーの曲の冒頭のボーカルには驚かされるばかりだ」と評している。リフレイン ではスキャット を取り入れており、ポラックは「繰り返すごとに、順々に激しくなり、乱れていく」と書いている。エヴェレットは、曲のコーダ について「曲そのものよりも高いレベルの興奮にロックンロールの精神を引き上げる目的を果たしている」と書いている。
本作の歌詞は、片思いで欲求不満な恋人の視点から見た物語となっていて、演奏は自信満々の「祝賀の狂乱」として機能している。ポラックは、「本作の音楽的な様式は1950年代のR&Bのクリシェ に由来し、歌詞は演奏面での怒りやわんぱくなトーンほど重要ではない半即興的ならんちき騒ぎ」と書いている。音楽評論家のイアン・マクドナルド (英語版 ) は、ブルースのパロディ であることに加えて、歌詞は「『ヘルプ!』でのレノンの苦悩に満ちた自己表出に対するふざけた応対」であると見なしている。ライリーも同じく、本作が部分的にパロディであるとし、その一例として「I'm really down(本気でダウン)」と歌うバッキング・ボーカルを挙げている。
レコーディング
レノンが「アイム・ダウン」で使用した型に似た、1965年製のVOX Contrinental 。
ビートルズは、5作目のアルバム『ヘルプ!』のセッション中であった1965年6月14日に、同じくマッカートニー作の「イエスタデイ 」、「夢の人 」、「アイム・ダウン」の録音を行なった。作業は、EMIレコーディング・スタジオ のスタジオ2で行なわれ、ジョージ・マーティン がバランス・エンジニア のノーマン・スミス の補助のもとでセッションのプロデュースを手がけた。本作のベーシック・トラックには、マッカートニーのベース とボーカル 、ジョージ・ハリスン のエレクトリック・ギター 、リンゴ・スター のドラム が録音されている。最初のテイクでは、曲のエンディングが決まっておらず、マッカートニーは最後のコーラス の後に、ハリスンとスターに対して「keeping going (続けて)」と告げている[ 注釈 1] 。バッキング・トラックは7テイク録音され、最終テイクとなるテイク7が採用された。
ビートルズは、テイク7に対して複数の要素をオーバー・ダビング した。バッキング・ボーカル はレノンとハリスンによるもので、レノンは低音域を歌っていて、コーラスでG に下降している。スターは追加のパーカッション としてボンゴ を演奏し、ハリスンは新たなギターソロを追加した[ 21] [ 注釈 2] 。レノンは、電子オルガン (VOX Contrinental )で、オルガンのソロを加えた[ 23] 。これは、ビートルズが録音でこのオルガンを使用した最初の例であり、またレノンはジェリー・リー・ルイス の奏法を用い、肘を使ってグリッサンド を弾いている[ 注釈 3] 。
6月18日、マーティンとスコットは、スタジオ2で『ヘルプ!』に収録の数曲と本作のミキシングを行ない、モノラル・ミックスとステレオ・ミックスを作成した。双方でわずかに収録時間が異なり、ステレオ・ミックスの方がモノラル・ミックスよりも2秒早くフェード・アウトする。また、ステレオ・ミックスでは、いかなる理由か別でオーバー・ダビングされたギターソロがわずかに確認できる。
発売・評価
キャピトル・レコード は、「アイム・ダウン」をアメリカで1965年7月19日にシングル盤『ヘルプ!』のB面曲として発売、その4日後にパーロフォン がイギリスで同じ組み合わせで発売した。「ヘルプ!」が両国で第1位を獲得した一方で、「アイム・ダウン」がチャートに到達することはなかったが、『ビルボード 』誌のBubbling Under Hot 100 では第118位を記録した[ 3] 。
「アイム・ダウン」は、発売から長い間アルバム未収録の状態が続き、批評家やファンは、1973年に発売のコンピレーション・アルバム『ザ・ビートルズ1962年〜1966年 』に収録しなかったことを理由にアップル・レコード のマネージャーであるアラン・クレイン を批判した[ 注釈 4] 。キャピトル・レコードは、1976年6月に発売した2枚組コンピレーション・アルバム『ロックン・ロール・ミュージック 』に収録した。伝記作家のニコラス・シャフナー (英語版 ) やロバート・ロドリゲスは、それぞれ同作について批判的である一方、「アイム・ダウン」の収録は「このアルバムの欠点を補う長所の1つ」と評価している。同作には1965年6月18日に作成したステレオ・ミックスではなく、マーティンがオリジナルの4トラック・テープからリミックスして作ったステレオ・ミックスが収録された[ 40] 。その後、1978年にイギリスで発売された『レアリティーズ 』に収録されたが、1980年にアメリカで発売された同名のアルバム には収録されなかった[ 41] 。1988年3月にCDで発売された『パスト・マスターズ Vol.1 』には、マーティンが1976年に作成したステレオ・ミックスが収録された。モノラル・ミックスは、2009年に発売されたコンピレーション・アルバム『モノ・マスターズ 』に収録された。
『オールミュージック 』に寄稿したスティーヴン・トマス・アールワイン は、本作を「唯一無二の曲」とし、「ビートルズの実にハードなロックを演奏する能力を実証した」と評している[ 1] 。イアン・マクドナルドは、本作について「アメリカン・ロックンロールの傑作で、マッカートニーの音楽の多様性を示す狂的なレイバー」と表現している。音楽評論家のマーク・ハーツガード (英語版 ) は、本作を「乱暴で騒々しいロックンローラー」「ロックンロールの狂人、純正かつシンプル」とし、「マッカートニーの力強いボーカルは『ヘルター・スケルター 』を先取りしつつ『ロング・トール・サリー』を連想させる」と評している。学者のマイケル・フロンタニも同じく、マッカートニーのボーカルを「ロング・トール・サリー」となぞらえ、1971年に発売された「オー・ウーマン、オー・ホワイ 」における「ロックンロールのシャウト」にも言及している。また、ハーツガードは、バンドの伴奏を称賛し、「文字どおり燃えるような」レノンのオルガンによる貢献に注目している。バリー・マイルズ (英語版 ) は本作を「アップテンポのロッカー」と称し、ポラックは「騒々しく、荒っぽい」とし、「レノン=マッカートニーによるオリジナル曲では前例のないマッカートニーの原始的な叫びを聴いた」と述べている。エヴェレットは、本作の様式を、リトル・リチャードやラリー・ウィリアムズ となぞらえ、同様の様式を後にクリーデンス・クリアウォーター・リバイバル が1970年に発表した楽曲「トラヴェリン・バンド (英語版 ) 」でとらえたと述べている。『ローリング・ストーン 』誌が発表した「100 Greatest Beatles Songs」では第56位にランクインした[ 49] 。
その他
公演での演奏
1965年8月、ビートルズは新たな電子オルガン「Vox Continental Mk I」を購入し、以降の公演で使用した。1965年12月のイギリスツアーを皮切りに、ビートルズは1965年と1966年のツアーで「ロング・トール・サリー」に代わるラスト・ナンバーとして「アイム・ダウン」を演奏した。後にマッカートニーは、大規模な会場で演奏したときの反応を回想し、「いいステージ・ソング」であったと述べている。
「アイム・ダウン」でオルガンを演奏したから、初めてステージで演奏することにした。ギターがないと裸になった気分になって、どうしたらいいかわからなかったから、ジェリー・リーをやった。飛び回って、約2小節ほど弾いた。
― ジョン・レノン (1965年)
1965年8月15日にシェイ・スタジアム で行なわれたニューヨーク 公演で撮影された映像は、1966年3月にイギリスで、1967年1月にアメリカで公開されたドキュメンタリー映画『THE BEATLES/シェアスタジアム 』の目玉となった[ 注釈 5] 。同公演において「アイム・ダウン」はラスト・ナンバーとして演奏されたが、映画ではオープニング・ナンバーとして演奏されたように編集された。演奏をかき消すほどの観客の叫び声や、録音時の技術的な問題から、映画には1966年1月5日にロンドンのCTSスタジオで再録音し、オーバーダビングを施した音源が使用された。「アイム・ダウン」には、マッカートニーによる新たなベースのパートや、レノンによる新たなオルガンのパートがオーバー・ダビングされた。当時の演奏は混沌としており、レノンとハリスンは笑いながらバッキング・ボーカルを歌い、マッカートニーは興奮して回転し、レノンは肘を使ってオルガンを演奏した。レノンが乱暴に演奏したため、2日後のトロント 公演ではオルガンに不具合が生じた[ 注釈 6] 。『ザ・ビートルズ・アンソロジー』の中で、スターはニューヨーク公演でのレノンについて「おかしくなってた。精神的に病んでいたわけではないけど、彼はただクレイジーだった。彼は肘でピアノを弾いていて、それは実に奇妙なものだった」と語っている。ライリーは、「レノンの狂的なキーボードの演奏は、ビートルズのコンサートにおける不条理を反映している」と述べている。
本作は1966年の日本公演の演目にも入ったため、ステージ上にはオルガンが配置されたがレノンは使用しなかった[ 66] 。
マッカートニーは、2001年10月20日に開催されたチャリティ公演『ザ・コンサート・フォー・ニューヨーク・シティ (英語版 ) 』で、オープニング・ナンバーとして本作を演奏した。
他のアーティストによるカバー
ビースティ・ボーイズ は、1986年に発売したデビュー・アルバム『ライセンスト・トゥ・イル (英語版 ) 』用に「アイム・ダウン」をカバー・バージョンを録音した。リック・ルービン がプロデュースを手がけたこのカバー・バージョンは、オルガン・ソロをギター・ソロに置き換えている一方で、原曲の要素をサンプリング している。カバーに際して歌詞が変更されていることにより、アルバムへの収録はビートルズの楽曲の著作権を所有するマイケル・ジャクソン とソニーATV によって止められた。その後、このカバー・バージョンは海賊盤 で流通している。
エアロスミス は、1987年に発売したアルバム『パーマネント・ヴァケイション 』で本作をカバー[ 71] 。『メタル・フォーセス (英語版 ) 』誌にアルバムのレビューを寄稿したデイヴ・レイノルドは、エアロスミスのカバー・バージョンを称賛しており[ 72] 、『オールミュージック 』のジョン・フランクは、アルバムのレビューで同作に収録の数曲を「埋め合わせ」とする一方で、「アイム・ダウン」のカバー・バージョンをタイトル曲「パーマネント・ヴァケイション」とともに「うまくやっている」と評している[ 71] 。音楽評論家のロバート・クリストガウ はアルバムについて否定的である一方、「アイム・ダウン」のカバー・バージョンについては「ビートル・カバーのエース」と称している。一方で、音楽評論家のロブ・シェフィールド (英語版 ) は、エアロスミスによるカバー・バージョンについて否定的な見解を示しており、「エアロスミスはつまらないものにするプロとしての磨きをかけている」と述べている。
ハート は、1980年に発売したコンピレーション・アルバム『Greatest Hits/Live 』で、「ロング・トール・サリー 」とのメドレーとしてカバー[ 75] 。このほかにもジェイ・ファーガソン (英語版 ) (1982年に発売の『White Noise』)[ 76] 、 イエス (1976年6月17日にジャージーシティ で行われたライブで演奏)[ 77] らによってカバーされており、日本でもTHE BAWDIES が2006年に発売したアルバム『YESTERDAY AND TODAY 』でカバーしている[ 78] 。
クレジット
※出典(特記を除く)
脚注
注釈
^ テイク1は、1996年に発売された『ザ・ビートルズ・アンソロジー2 』に収録されている。演奏後、マッカートニーによる「Plastic soul, man, plastic soul 」という呟きが入っている[ 17] 。これは黒人ミュージシャンがミック・ジャガー に対して述べた言葉で、後にビートルズが発表したアルバム『ラバー・ソウル 』の由来となっている[ 18]
^ スターが演奏したパーカッションについて、エヴェレットは「コンガ」と書いているが、マーク・ルイソン (英語版 ) 、マクドナルド、ジョン・C・ウィン、ジーン・ミシェル・ゲドン、フィリップ・マーゴティンをはじめとした複数の伝記作家は「スターはボンゴを演奏した」と書いている。
^ エヴェレットは、2001年に出版した著書『The Beatles as Musicians 』では、レノンが使用した楽器として「ハモンドオルガン 」と書いているが、2009年に出版した著書『The Foundations of Rock 』では「VOX Contrinental 」と書いている。アンディ・バビウク (英語版 ) 、マクドナルド、ウィン、ゲドン、マーゴティンも「VOX Contrinental 」とする一方で、ケネス・ウォマック (英語版 ) は「ハモンドオルガン」としている。
^ 『ザ・ビートルズ1962年〜1966年』および同時発売された『ザ・ビートルズ1967年〜1970年 』の選曲は、アラン・クレインによる[ 36] 。
^ 55,600人のファンを集めた同公演は、それまでに開催された公演の中でも最大の規模となった。
^ 翌日にジョージア州 アトランタ に到着したビートルズは、地元の業者にオルガンの交換を手配した。この時に交換されたオルガンは、数十年後に競売にかけられた。2008年に再び競売にかけられ、18万2500USドルで落札された。
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外部リンク
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UK盤 (パーロフォン /アップル )
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その他 (オデオン /パーロフォン /アップル )
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