マッカートニーは、1997年に出版された自伝『Many Years from Now』で、当時住んでいた女優でガールフレンドのジェーン・アッシャーの家にある音楽室で「エヴリー・リトル・シング」を作ったと語っている[1][2]。なお、1964年のマッカートニーのインタビューを根拠に、同年8月下旬にビートルズが全米ツアーで立ち寄ったアトランティックシティで書かれた楽曲とする文献も存在する[3]。1980年の『プレイボーイ』誌のインタビューで、レノンは「彼の曲だ。僕も何か手伝ったかもしれないけど」と語っている[4]。作家のジョン・C・ウィンは、著書の中で「マッカートニーがロンドンで作曲を始め、アトランティックシティでレノンと2人で仕上げた」と結論づけている[5]。
ビートルズは、4作目のオリジナル・アルバム『ビートルズ・フォー・セール』のために「エヴリー・リトル・シング」のレコーディングを行なったが、当時ビートルズはツアーで世界をまわっていたことからレノンとマッカートニーのソングライターとしての生産性が低下している時期であった[10]。マッカートニーは、『Many Years from Now』の中で「シングル用の曲を作りたかった。でもこれは偉大なるシングル盤ではなく、アルバムの埋め合わせにしかならなかった。シングルにするのに必要な何かが欠けていたんだ」と語っている[11][2]。
音楽評論家のイアン・マクドナルドは、本作の「感情的な深さ」を称賛している[6]。『オールミュージック』のリッチー・アンターバーガー(英語版)は、「シングル曲の候補にも、ライブのレパートにも加えられなかったかもしれないが、興味深いテンポの変化と一級品のハーモニーを持つ、良いアップヒートの曲」と評している[18]。作家のマーク・ハーツガード(英語版)は「ジョンとポールの並外れた歌唱力を軸に、バンドがいかにして目立たない素材を実際よりも豊かに聴かせることができるのか」を示す楽曲の例として、本作と「パーティーはそのままに」の2曲を挙げている[19]。『ピッチフォーク・メディア』のトム・ユーイングは、「シャングリラス風のピアノとバスドラムによってメロドラマを思わせる推進力が与えられた素晴らしい楽曲」「はっきりとした物悲しさを感じさせ、『Yes, I know I'm a lucky guy(そうさ、僕は運のいいやつ)』というフレーズは、それを自分に言い聞かせているようにも聞こえる」と評している[20]。
Guesdon, Jean-Michel; Margotin, Philippe (2013). All the Songs: The Story Behind Every Beatles Release. New York, NY: Black Dog & Leventhal. ISBN978-1-57912-952-1
Halpin, Brooke (2017). Experiencing the Beatles: A Listener's Companion: A Listener's Companion. Rowman & Littlefield Publishers. ISBN1-4422-7144-2
Hertsgaard, Mark (1996). A Day in the Life: The Music and Artistry of the Beatles. London: Pan Books. ISBN0-330-33891-9